文部科学省 科学研究費助成事業 「学術変革領域研究(A)」
神経細胞という不安定なバイオ素子に基づいて構成されながら、生物の脳は自律適応的に、そして高いエネルギー効率で高度な情報処理を実現する。このような脳の情報処理アーキテクチャの理解は生物学-工学-情報科学を横断する重要課題であるが、素子(細胞)の集団的振る舞いとシステム(脳)としての機能との関係は、いまだ“複雑系”という名のベールに隠されている。
本提案では、バイオ素子を基盤とする脳の情報処理を、モデル動物脳および培養細胞を用いて解析した上で数理モデルとして記述し、システム応用へと結びつけることを目指す新たな学問領域を立ち上げる。本領域の成果は、脳神経系の基礎理解はもちろん、計算効率が高く、頑健性・柔軟性を持つ革新的なコンピューティング技術の創成へと結びつくことが期待される。
私たちの脳は、神経細胞という不安定なバイオ素子に基づいて構成されながら、自己組織的に、そして高いエネルギー効率で高度な情報処理を実現する。この特性は単一の細胞では現れず、その単純な多数倍としても説明できない。多種多様な神経細胞が巧妙に配置・配線され、マルチセルラ(多細胞)ネットワークを構成することにより、脳的機能ははじめて創発される。
Society 5.0とも呼ばれる超スマート社会の実現に向けて、このような脳の情報処理様式に基づく機械学習・AIや脳型ハードウェアが開発され、その進化は社会に変革を与え続けている。一方で、現行の脳型システムにおける脳模倣が限局的であることも事実であり、学習効率などの点において生物の脳に迫るシステムはいまだ存在しない。生物の脳神経系が、マルチセルラネットワークを物質基盤として情報処理を実現するメカニズムをより精緻に理解することは、例えば、量子計算分野における量子超越に比肩する「バイオ超越」(※バイオに倣って設計された計算機が、従来のコンピュータでは到達困難な学習効率・電力効率・頑健性で特定の問題が解けるようになること)の達成へと結びつき、 AI・量子計算のさらに先の世代を担う、次々世代の情報通信技術(ICT)の創出に繫がることが期待される。
脳神経マルチセルラネットワーク上での情報処理を、モデル動物脳および培養細胞を用いた生物実験により解析した上で、数理モデルとして記述し、さらにシステム応用へと結びつけることを目指す新たな学問領域を立ち上げる。これを実現するための要素課題として、
の3つのドメインを設定する。
5年間の研究では、具体的な情報処理として、脳神経系の根源的機能である「感覚運動制御」に焦点をあてて、バイオ素子(細胞)の集団的振る舞いとシステム(脳神経系)としての機能との関係、すなわちマルチセルラバイオコンピューティングを計算論的に記述した上で、その工学的な優位性を明らかにする。
バイオコンピューティングという新興分野を広い国際ネットワークの中で育て上げること(国際連携)、領域メンバーが共同利用できる「共通プラットフォーム拠点」を運用することで学際連携を高効率化すること(異分野融合)、そして本領域活動から派生する次のプロジェクトでPIを務められるクラスの次世代のリーダーを育てること(若手育成)も本領域の重要なミッションである。